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pixivでのブクマ数における嫉妬や自信喪失について思うこと

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ご注意

今回の記事は「ていねいな生活」でも「おしゃれインテリア」でも何でもなく、ただただ古のオタクが綴る同人・二次創作についての内容になっています。

意味の分からない方には本当に無意味で興味のない内容となっていることを初めに記載しておきます。

 

以下、目次です。

 

pixivとは

pixiv(ピクシブ)は、ユーザーが作品(イラスト・マンガ・小説)を投稿し、たくさんの暖かい声援をもらうことができるSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)です。
クリエイターの作品投稿・ファンのフィードバックという循環を磨いていくことで、
創作活動にまつわる人すべてが創作活動をより楽しむことができます。

引用元:pixiv

                    

私はオタクであり、二次創作をしています。

決して若くないので、個人サイト全盛期の時代に個人サイトを持ち、サイトに作品をあげていました。

個人サイトが終焉に差し掛かった頃、pixivが流行し始めました。

私はその頃からプライベートでの変化もあり、個人サイトの運営は放置、そして二次創作からもしばらく離れることになりました。

そして数年が過ぎ、すっかりオタク卒業したと思い込んでいただけの私はあっさりオタク復帰したワケですが、時代は既にpixiv全盛期。個人サイトなんて廃墟・伝説・あの頃は良かった的な懐古厨の話のネタとなっていました。

もちろん当時のサイトもなくなっていたので、私はpixivを「作品を投稿する場」として登録しました。

 

 

 

ブクマ数=人気の証明?上手な証明?

TwitterのRTでよく流れてくる話題に、「他人(神絵師含む)のpixivのブクマ数で自信喪失する、嫉妬して気が狂いそうになる」といった描(書)き手の悩みがあります。また、その中には他人の作品が見られなくなる、読めなくなるという人もいるようです。

結果、描きたいのに描けない、書いたってブクマが少ないとすごく悲しい、他人のブクマ数が気になって「負けた」と思ってしまうという負の連鎖に陥り、描(書)くことが楽しくなくなり、やめようかとまで思う。なのにやめられなくて苦しいと言った悲痛な叫びが、わりとよく回ってきます。

こういったツイートに対するいいねやRTの数を見ていると、たくさんの人がその思いに同調し、共感し、苦しんでるのかなぁと思わせられます。

ここで私個人の意見を申しますと、「気持ちは分からないでもないが、なんでそこまで苦しむの?」が率直な感想です。

だって、ブクマ数がめちゃくちゃ多い人は、あなたから見てもめちゃくちゃ上手なんでしょ?正直、自分じゃ到底太刀打ちできないって思うくらい上手なんでしょ?そりゃーファンも多いわって納得の数値なんでしょ?

だったら、なぜ嫉妬するのか。自分もブクマしてファンになれば良いのでは?

それができないのは、神に嫉妬してしまうのは、あなた自身が神になりたいと思っているからなのかな。

多分そうなのでしょう。その神のように1万も10万もいいねやブクマがもらえて、神と崇められて、たくさんのファンが欲しいんでしょうね。(煽っているのではなく、確認です)

あなたが思う「神」というのは、ブクマ数がとても多い人。そういうことですね。

 

私は、自分が神になりたいのではなく、自分の神を見つけたい人間です。

自分より上手な人を見つけたい、自分が没頭するような絵や小説を書く人が自CPにいてくれたらすごく嬉しい、その人を崇拝したいと思うタイプなんです。

だって自分がもし自CPで一番人気で神になってしまったら、みんなは私の作品を見て楽しんでくれたり萌え補充できるけど、私は自分より上手いと思う人の作品が見られないわけですよね。そんなの、悲しすぎませんか?

私は自分の考えつかなかった発想や展開のお話を読んで、自分じゃ描けない世界を拝ませてもらって、自CPの幸せを願いながら物語の結末を追いたいです。

それができるのは、自分に尊敬する神がいる場合だけなのです。

ここまで読んで、「もし私が自CPの神になったら」と言った私に対して、「あんたが神って言われたとしても、全員が全員本当にそう思ってるかなんてわからないでしょ。何で自分を神だと思うわけ?ブクマが多いと神なの?あんたより上手い人なんてごまんといる」と思いませんでしたか?

そうなんです!!!

私がたとえ1万人の人に「上手な書き手さんだ」と思われていても、1人は私の作品じゃ満足できなくて、私よりブクマの少ない人のお話の熱心な読者かもしれない。

私が作品を投稿すればとりあえずみんな見てくれるしブクマしてくれるけど、感想を送りたいと思う相手は別にいるかもしれない。

神なんてその人その人にとって違うものだし、ブクマが多いから信者が多い、人気がある、上手だというのは大きな勘違いです。

それを人気のバロメーターだと思って嫉妬するなんて、全くの無意味だと私は思うのです。

 

 

 

ブクマ数=クオリティとは限らない

また、「なんでこんな、到底上手いとも思えない絵や小説がこんなに人気(ブクマ数が多い)なの…!?」と愕然としたことはありませんか?旬ジャンルであればあるほど、その傾向も強いと思います。

「こんな程度のクオリティでブクマ1000もらえるなら、私の作品は1万もらってもいいはず」と正直思ったことはありませんか?

私はあります。

でも、でもですよ。私はここで「自分の作品よりクオリティが低いと思った人」に対して、嫉妬はしません。自分のブクマが片手ほどで、相手がなぜか10000userに入っていたとしても、です。

だけど、こういった事象にも「悔しい。私は評価されないのにこんな下手クソな文章で10000user入りしてる人もいる。私の何がいけないのか」と嫉妬に狂う人はいるんでしょうね。

でも、なぜ嫉妬する必要があるんでしょうか?だってどう見ても下手クソなんでしょ?

脚本家の書き殴った台本かよみたいな地の文なんでしょ?

セリフしかないんでしょ?

あんっ♡あんっ♡ばっかりなんでしょ?

頭弱そうな文章なんでしょ?

絶対これよりは、自分の方が技術も上だし情景描写も細かく書いてるしストーリー性も上だって確信してるんでしょ?

ではなぜこんなにブクマ数が多いのか。それはもう、「読者のレベルと作品のレベルが一致したから」が答えなんじゃないでしょうか?

そしてあなたはこの作品のレベルが低すぎると感じて、あなたには理解できなかった。

だけどブクマをつけた読者は、この作品を「おもしろーい!」と思うレベルの読み手で、かつこの作品は読み手の需要にきちんと応えているということです。そう考えると納得がいきませんか?

それが良いとか悪いとかではなく、その結果がブクマ数なのであって、あなたよりも上手だとか、人気だとかいう証明にはならないのです。嫉妬すること自体がお門違いなんです。

 

 

 

ブクマ数=上手い、人気とは限らない

つまり、pixivにおけるブクマ数の多さは、=神とは限らないのです。人気の多さとも関係しません。

だって日々バズるツイートはあるけど、RTの数がそのツイートの本当の人気だとは思わないでしょう?

ツイートするタイミングもあるし、もともとのフォロワーの数もあるし、ツイート主ではなく拡散力のある人物が拡散したから爆発的に広まったのかもしれないし。

人気店の行列と同じです。人が並んでるから自分も並んで食べるのと同じ感覚で、pixivを見る時もまず人気のある人の作品から見る、そしてブクマする、くらいのものでしょう。

私自身、相互フォローの人や自CPの人が作品を投稿すると、いいねとブクマをセットで押します。それは、「見たよ!投稿してくれてありがとう」という意味と、「いいねだけだと私って分からないかな」という意味で、ハンコを押す感じでブクマをしています。別に、「すっごい上手!お気に入り!最高!」とまで思わなくても普通にブクマします。

また、「とりあえずあらゆる作品を摂取したい!!」と思う時は、目についた作品に次々ブクマしていきます。これは栞代わりで、この広い広いpixivという海で二度とその作品に出会えなくなる恐怖から、「後で読む」という意味でブクマします。

これは相互フォローの人ではなく、むしろ他ジャンルだったり初めて発掘した描(書)き手さんの作品に対してすることが多いです。

だからブクマに特に意味はありませんし、「上手ですね!最高のクオリティだ!」と必ずしも思っているわけではありません。

本当に心の底から感動してその人のファンになったら、ブクマすることも忘れてプロフィール欄に飛んでTwitterアカウントを探しTwitterに飛んでその人の全てを知りたいと思うストーカー気質です。

まぁ私も、新しいジャンルの作品を見たい、読みたいと思ったとき、まずはブクマの多いものから見ることはあります。

そこで「おおっ、上手い!」と思うこともあれば、「………え………」となることもあります。

1万以上ブクマのある人の絵を見て「この絵描きさん上手だな」と思うこともあれば、ブクマがほとんどついていない人の絵に胸をぎゅーっと鷲掴みされて、一気にその人のファンになることも珍しくありません。

それは文章でももちろん同じで、ランキング上位の小説が自分にとって面白いかどうかはブクマ数にはちっとも比例しません。

むしろ、ブクマ数片手ほどの書き手さんの作品に涙して、荒ぶる思いを文章に載せて感想を送ることはあります。

その時に、もしその書き手さんが「私なんてブクマ全然少なくて…」って落ち込んでたら、「そんな無意味なものに左右されないでください!!!そなた(の作品)は美しい!!!!!」ってアシタカぶると思います。

 

 

 

結論:ブクマ数なんて食べログと同じだと思え!!

pixivのブクマ機能が、自己肯定だけではなく自己否定に繋がっているのはとても悲しいことだと思うし、ほんと邪魔だな、いらん機能だなと個人的には思います。

お気に入りとかブクマなんてユーザー側の画面で見られればそれで万事解決では?とも思います。

だけど、ブクマ機能に一喜一憂して楽しいことが楽しくなくなる、趣味が苦痛になるという悪循環を生んでいるのはあなた自身の問題だし、あなたは今すぐ「ブクマ数=人気」の方程式が間違っていることに気づくべきだと思います。

ブクマ数の多い人が最高に上手だとは限らないように、あなたの作品こそ最高ですと思ってくれる人は必ずいます。

 

私が誰に対しても嫉妬せず、ブクマ数で「負けた」「悔しい」とも思わないのは、そもそも「二次創作に勝ったも負けたも、上も下もねーよ。真実はいつも、たったひとつしかねーんだからな…」というジャンルばれ必至の名言が強く心にあるからです。

個人サイト時代に、私が書いた作品に対して毎回感想をくれる人がたった一人いました。

個人サイト時代は、サイトに訪れた人の数を表すカウンター機能こそありましたが、他の人のサイトと比べることが目的ではありませんでした。

また、作品ひとつひとつにお気に入りマークがついたり、「●●人がいいねしました」みたいな機能もありませんでした。

自分の作品がどれだけの人に読まれたか、どれだけの人が気に入ってくれたのか、そんなことは一生分からないし、同じ描(書)き手さんの作品が自分より人気があるかどうかも、はかることはできませんでした。

人気ランキングや競争が目的ではなく、ただただ自分の情熱を創作して作品として貼り付ける場所が個人サイトでした。

その頃に、作品を上げるたびに感想をくれたあの人のことは今でもずっと心の支えになっています。

だから「自分の作品は、きっとこの世界中の誰かには刺さる。好きって思ってくれる人はいる」と思えるし、たとえブクマが0でも100でも1000でも、そんなの全く意味がないと本気で思えるのだと思います。

私はいいねを押してもらえると「あ、読んでくれたんだ。ありがとー」と思うし、ブクマしてもらえたら「いいね押してくれた人かな。ありがとー」と思うだけなので、読み手が「見たぜ!萌えをサンキュー」って思ってくれたならそれで充分満足です。

 

 

 

pixivに作品を投稿する意義とは?

私と同じように個人サイト時代を経験した人ですら、pixivという新しいSNSツールの仕組みに踊らされて承認欲求に苦しんでいる人はいます。

あの頃はそんなものなかったはずなのに、一体どうして他人と自分を比べるのだろう、誰に嫉妬しているのだろうと不思議です。

そして個人サイト時代を知らない人は、初めて投稿したときからランキング形式が当たり前の世界なので、どうしてもブクマ数の多い人だけが眩しく見えて、ブクマがないに等しい自分は描く価値もないと自分を卑下してしまうのかもしれません。

私はpixivを「作品を投稿して貯めておける倉庫」という考えで利用させてもらっています。

なのでブクマ機能はそもそも必要なくいらないとすら思いますが、pixivも悪い面ばかりではありません。

個人サイト時代に書いていた作品をpixivに再掲することによって、当時は他ジャンルだった人やまだ小学生だった人が、大人になった今、私の作品を読んでくれるという新しい出会いがあります。

これこそがpixivの醍醐味であり、私は本当にpixivに感謝しています。

二次創作についてのマナーという面からのpixiv掲載に関しては論点がずれるので割愛しますが、個人サイト時代よりも自分の求めるジャンルやCPが簡単に検索できる現代のpixivにおいて、自CPや推しを共に愛せる人と出会えるというのは本当に嬉しいことです。

pixivは人気発表の場ではなく、本来はこうして作品を通じて同志を見つける発掘・出会いの場であると私は考えています。

自分の作品はブクマしてもらえない、誰も作品を見てくれないと嘆くのではなく、「pixivが続く限り、時を経ていつかこのCPに目覚めてくれた人が私の作品を読んで、面白いと思ってもらえたらいいな」という思いで私は作品を載せています。